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吉野郡の地形図
地図をクリックすると、その地形、その標高、その地勢が表示されます。
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吉野町
なお、町役場などがある上市地区は川と山に挟まれた僅かな間に家々が密集しているが、古くはこの付近も吉野川が南へ蛇行しており、その内側で地名の由来となった市が開かれていた。しかし江戸時代中期の水害により、北側が切れて南側は中州となった。この時、人家は北岸(現在の上市地区)と南岸の丹治に移ったという。その後、1959年(昭和34年)の伊勢湾台風水害により、この中州が浸かると二つに分かれていた吉野川を一つにするため中州の北岸を削って川幅を広げ、南岸を埋め立て対岸と接続し今日の地形に至っている。(現在、その名残として吉野小学校と貯木場のある元中州であった場所は吉野川を挟んで上市の飛び地となっている)。
平均標高:425 m
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風屋ダム
豊富な水量が流れる熊野川は水力発電の適地として古くから開発が計画されてきたが、開発に必要な道路の敷設を阻む急峻な地形や、流域が奈良県・三重県・和歌山県という3県をまたぐ関係で水利権の取得や補償の手続きが困難で、さらに日本国指定名勝・天然記念物の瀞八丁を初めとする豊かな自然環境を保護しなければならない、といった課題を抱えており、長らく実現を見なかった。そんな中、戦後の電力不足を重く見た日本政府は、1952年(昭和27年)の第3回電源開発調整審議会(電調審)で熊野川の開発を電源開発にあたらせることとした。先にアメリカ合衆国海外技術調査団 (OCI) が実施した調査を踏まえ、予備調査を実施し、1954年(昭和29年)7月…
平均標高:404 m
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